忘れないうちに書いておこう

タイトル通りの内容。

うーん

 生活の中の政治について

 最近の話題につられて書くわけではない。以前にも何度かそういう話をこの日記ではしている。

 たぶん、多くの人が生まれて初めて生々しい政治を、あるいは、権力を実感するのは家庭や学校だろう。学校は特にわかりやすい。ぼくはけっこう鈍感なので、気づくのが遅く、中学生のころだった。細かい経緯は忘れたが、目をつぶって、賛成/反対の挙手をせよと先生に言われたのが、きっかけだった。その指示通りに当時も素直に挙手したものの、あの嫌な感じはなにであったのか、しばらく、もやもやとしていたのだ。が、当時もバカだったから、すぐにそんなことは忘れて、平穏な日常に戻っていた。そして、そのもやもやの意味がわずかながらにはれるまで、さらに数年の時間を要すことになる。

 困ったことに?いまだにその意味を諒とするまでは至っていない。中学時代以降もその種の問題に生活の中で幾度か、ぶつかりながら、のらりくらりとやっているうちに気がつけば、おっさんである。

 

 ぼくが戦後の作家の中でもっとも気になるのは島尾敏雄だ。好きな作家という意味ではない。戦後に酔えなかった作家のひとりであったと思う。(小島信夫などもそういう作家にぼくには読めるが。)その酔えない感覚はぼくが感じたもやもやに通じるものがあると勝手に考えている。というか、もやもやを感じると酔えなくなる。世界が茶番に変ずる。中二病発症?冷笑系爆誕?とごまかすくらいが関の山か。

 

 『響け!ユーフォニアム』にもこのもやもやがある。そこが主題ではなさそうだが、ぼくはどうしてもそこに着目してしまう。しかし、いや、むしろ、そんな人間だから最近のネットの話題にぼくとしては過剰なまでに反応したのかもしれない。いたずらに滝先生を引き合いに出したわけではない。

 

 ※余談めくが、瞑目の意味を無に帰す「ハイ!」と発声した人は政治のプロだったのではないか、と今さっき気づく。考えすぎか。ぼくとは別方向におバカなだけだったかもしれない。