忘れないうちに書いておこう

タイトル通りの内容。

昨日の補足

 タワマン文学について

 その批評性は「タワマン」に対してだけではなく、「文学」にも向けられているのだろう。「タワマンブンガク」という表記がいいのかも。

 後者のほうをもっと頑張って、ぼくのことをイラつかせてほしい。

 というのは半分、冗談にしても、「文学」に対する懐疑は大事だと思う。これからも、ずっとそうであるとは予測できないけど、たとえば、血にまみれた政治闘争は日本で起きそうにないから、『平家物語』のようなものは当分の間、生まれない。人間は進歩した結果、文学にある大事な部分を捨てている。この感覚自体をもうちょっとほじくり返してみると変ということになりそうなので、文学への批評性はあったほうが健康的。正論をぶつけられても、ぼくはそれほどうろたえないような気もするけど、タワマン文学みたいな形式で高度に批評性を達成できるのであれば、三日間くらいはイラつき、落ち込むだろう。まあ、おなかがすいて、ごはんを食べて、ぼくはぼくの日常に戻るだけだが。

 

 三島と吉本

 対置するのは埴谷がよかったのかもしれない?(しかし、ぼくが吉本ファンなので…)いずれにしろ、なんだか絶妙にバランスしていた時代ではあったと思う。現代はもっと複雑化して、そう簡単にバランスするものでもないかも。

 

 以上のことから、もしツイッターを始めたら、住んだことはないが、タワマン文学に挑戦したい。ツイッターは5年後くらいに開始予定。タワマンブームは終わっているかもしれない。とすれば、もってこいの状況ではなかろうか。

 

 今日は天気もいいので、その時に備え、タワマンの外観調査に出かける。散歩ってやつだな。