勘違いの記録
まず、勘違いなのかが分からない。
その1 鮎川信夫の詩
彼の詩でアメリカに関するもの。
「あいつらは霧をしゃべるですくっている」とワンフレーズがあった気がする。
で、その詩のタイトルが「紐育」とかだった気がするのだけれど違うかな・・・・
「霧をシャベルですくっている」ような人間と戦争したって勝てるわけないじゃないかというように解釈してたわけだが、そもそもそのような詩が存在していないなら、これは妄想ということになり、自分の頭が心配になる。
その2 徳富蘆花が書いた追悼文
帽子の比喩を用いて、国家について論じていた記憶。
幸徳秋水の母に対する気遣いもあったような、なかったような。
この文章を思い出したのはオウムの面々が死刑になったとき。
以後気になっているが、この文章が本当に存在しているのかを確認していない。
そもそも追悼文だったのか、どうかもあやしい。
その3 戦中、離婚率が高かったという話
大岡昇平『レイテ戦記』で戦中、米国の離婚率が高かったという点に触れていた記憶があるのだが・・・・これは家に本があるので確かめようと思ったら、捨ててしまったのか、見当たらない。困ったと思いながらも数年たってしまった。