マッドサイエンティスト的描写
ひとつ前の記事を書きながら思ったことをメモ書き。
仮に人体の研究するならという前提を置いてしまうけれど、何か新しい知見を得るに至ったとしても、なんだかそれを容易には受け入れがたいというか、なんというか。
人類の進歩ってものが歪なものに見えてしまうとかいうと乱暴な言い方だなとも思うが・・・・
それとマッドサイエンティスト的描写って実は全然違うんじゃないかという。もっと、まともな人として描かれるべきなのだと思った。マッドあってほしいという密かな願望の投影としてのマッドサイエンティストじゃだめなんじゃないかという・・・・博士の愛情は異常でなければいけないと思っていたのは、ほかならぬ自分だったという情けない話でもある。